はじめまして‼こんにちは!現在3歳と0歳の姉妹を子育て中のなーさんです。
現在イヤイヤ期から抜け、会話が上手になってきたの3歳の娘「イチゴ」を妊娠していた頃のことを振り返り超初期から出産までを順を追ってお話していきたいと思います。
今回は七回目‼
妊娠後期~私の臨月までの過ごし方
についてお話していきたいと思います。
前回は子宮頚管が短くなり会社を休まなければならない状況で、ストレスが自身に与える影響の大きさについてお話しました。会社を休んでからは一日をゆっくり過ごすことを心掛け、食材はネットスーパーで購入。家での安静生活です。気持ちの面でもかなり落ち着きもう会社へ毎日謝らなくていいんだ…お腹の子のことだけと考えてればいいんだ…その事実でかなり気持ちが落ち着きました。病院での健診も問題なく入院を言われることなく毎回無事に終了。散歩もOKになり、少しずつ体も落ち着いて動けるようになりました。
その後30週の健診での事です。いつも通り健診時に少し前に行った後期の血液検査にて貧血だと判明。鉄剤を処方されました。鉄剤を飲むようになってからの変化は排便が黒くなり少し便秘気味になりました。
ですがそれ以外の変化は特にありません。鉄剤については知り合いの話を聞いてもほぼ皆処方されてるので、これはもう当たり前に近いのかもしれません。さてこの30週の妊娠八か月の胎動はそれはそれはもうよくわかるものでした。お腹の中が狭く感じるのか子どもの脚力が強いのか、胎動を感じるたびに「うっ…痛い!!」苦しくなるくらいです。元気にいてくれているという証拠でもあるのですが、痛いものは痛い。ただ耐えるのみの日々です。そんな痛い胎動を嬉しさ半分頑張るみたいな色んな気持ちで感じながら、日々お腹の子どものことを第一に考え、もうすぐもうすぐと毎日指折り数えながら過ごしていました。
9か月の終わりの健診時では子どもの推定体重が2500gを超え、臨月に入るともう一週間ごとの健診です。体重も一週間で1キロ増加し食欲がよく出てきました。お腹の子どもが少しずつ下がってきて胃の圧迫が和らいだ…?とにかくムシャムシャ食べていたい気持ち。妊娠初期でたくさん食べていたみかんを臨月でも食べたくなって、食後はずっとみかんをほおばっていました。
そして臨月に入ったら今まで安静にしようからどんどん歩きましょうと医師より促されます。臨月はもうお腹の張りもよくあるし、ただでさえ苦しいと感じるのに歩け歩けです。お散歩がきつければ、自宅での足踏み運動でもよいと言われ、外に出ない日はよく家の段差を利用して足踏み運動をしていました。毎日やるようになって習慣づきその運動をすることで、自分はお腹の子どもと向き合えていると思ってました。
臨月での自分の気持ちは複雑でした。
いつ産まれるのかな…ちゃんと出産できるのかな…私仕事もしていない…家事が終わればただ体を休ませる…運動もするけど体が重い…せめてできる足踏み運動をしていれば、私は頑張っているという気持ちにさせてくれました。何もしていないとただ申し訳ない…。
今思えば臨月なんてもうそんな申し訳ないとか考えず、自分の思うようにしていればいいと思えるんですが、当時一人目を授かっていた自分はなんだか申し訳ないなんて思ってました。赤ちゃんに会えるのを楽しみにしていればいいんですけどね。何事も初めては不安がつきものです。自分が用意した赤ちゃん用品をみながら足りないものはないかな…大丈夫かな…不安ばかりでした。なので一週間に一度の健診がいつも待ち遠しく、はやくお腹の子どもの状況が知りたいと考えていました。
今回は後期~臨月まで私がどのように過ごしたかお話をしました。臨月に入るまで常に体の変化、お腹の子どもの成長など不安と嬉しさの複雑、臨月ではいつ産まれるのかわからないそわそわ…妊娠中は本当に気持ちが落差が激しいものでした。一人目は全神経をお腹の子どもに集中していたので気持ちが不安定なのもわかります。そんな中絶対やってくるんですね、出産!!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回は 出産 をお伝えします。